der Blaue Reiter

Gallery silencio支配人ブログ。個人ブログも兼ねているため、立ち位置のよくわからないブログとなる予定

卒業に向けた活力

こんにちは。

 

 

友人に雑誌のコピーライターしてる女性がいます。

先週、課題の表現について「これはプロに聞いた方が早いな」と思い、質問がてら電話で話をしていたんですが、その時にこんなこと言われました。

 

「そういえば、今私沖さんがいた学校の担当してて。向井先生と沖さんの話でめっちゃ盛り上がってますよ!沖さん相当やんちゃだったらしいですね~ 笑笑」

 

僕が在籍してた学校名を彼女に言った事すら覚えてないのだけど、人のいないところで何年前の話で盛り上がってんだお前らは!って話で。

 

 

僕は中卒なんです。

バイク通学可という理由だけで、工業系の高専に入学しました。

彼女が現在担当しているのはその学校の事ですが、僕はそこを4年生の時に辞めました。

辞めた理由は書けません。

 

 

まぁ、思春期でしたからねー、ということで。

 

やんちゃと言われましたが、僕の感覚ではそんなことはなく

学校に行かなかっただけなんですけどね。

 

バイトしてるか女性を追いかけてるかの生活。

 

家にも帰らずに、友人宅や知り合った女性宅なんかで

寝泊まりして日々転々としてました。

だから、お袋の飯を食べたのは16歳から今までで数えるほどです。

 

学校にたまに行っても、寝てるか授業中にふらっと教室をでて

タバコ吸いに行ってそのまま帰るとか。

テストも行かなかったり、行っても寝てるか白紙で提出もしくは絵を描いて提出。

これ以上は詳しくかけないけど、 どうしようもないクソガキでした。

 

改めてこうやって書き出してみると、酷いですね僕 笑

 

 

彼女がやりとりしている向井先生というのは、僕が3年の時に担任だった先生。英語の先生。

 

アメリカ帰りで話も面白くて、向井先生の授業だけは途中で帰ったことがなかったですね。

 

高専というのは5年制なので、いわゆる大学受験がないのですが、それでも3年から4年に上がるのが一番の難関となります。そこで上がれなくて辞めちゃう連中も多かった。

 

 

僕もてっきり退学になるもんだと思ってたけど、何故か4年に進級。

どうしようもなかった僕が4年に上がれたのは、向井先生の尽力のお陰やと思う。

まぁ、大人になってから気づいたけど 笑

 

 

学校を辞めた日の事は今でもハッキリと覚えています。 

 

おやじが朝イチで学校に来ました。久しぶりに見る親父の顔。

いきなり本気のワンパン。

無言で職員室に消えていく親父と入れ替わりで向井先生が来ました。

 

「沖!お前本当にこれでいいんか!いいんか?!」

 

僕は涙をためながらずっとうつむいてました。

 

 

向井先生とはそれっきり。

学校にもその後、行くことはありませんでした。

 

 

そこから約二十年。

 

大学への入学条件は「高等学校卒業以上」。

幸いにも、卒業はしていないけどその資格はあるということで証明書を貰いに母校へ行ったのが2012年の事。

 

受付にいくと、見覚えのあるおばちゃんが居ました。

 

「おぉ、まだおるんや」

 

と思ったら、僕の顔を見るなり

 

「沖くん!沖くんやがいね!!あんた何年ぶりや!元気にしとったかいね!(元気にしてた?)」

 

なんか、半狂乱状態やった 笑

というか、名前を覚えてるってどんだけ記憶力のいいおばちゃんなんやって話で 笑

(僕がおばちゃんの名前を覚えてないのはナイショ)

 

 

近況や学校に来た理由を伝え、証明書を発行してもらってるときに思いきって聞いてみました。

 

「向井先生はお元気ですか?」

 

おばちゃんはニヤリと笑って、

 

「元気やよ。今おるよ。副校長やぞ。呼んでくるわ」

 

 

僕が大学への入学資格を得ることが出来たのは向井先生のお陰です。そのお礼を言わなきゃなと思ってました。

 

が。

 

僕を見たときの先生のテンションも、おばちゃんよろしく半端なくてそれどころじゃなかった。

 

「沖!沖!お前。。変わってないけど立派になって。。」

 

なんかそんなことをいっぱい言われました。

あんたは俺の爺ちゃんか笑

 

ここでもやはり近況の報告をしました。その中でもバツイチなことに異常に反応してて、早く再婚しろ相手見つけろと散々言われたなぁ。

他にもいろんな話をしてたのだけど、

ところでお前何しに来たん?ということを言われたので、京都の芸大に入学したいので証明書を貰いに来たと伝えると、

 

「大学?お前が???!!大学??、!△○???(←言葉になってなかった笑)」

 

みるみるうちに向井先生の目に涙が溜まっていきます。

僕もそれを見て涙したという、変な構図になってしまいました。

 

 

 

 

ライターの彼女の話によると、今は国際高専と名を変え、更には全寮制へ変更。世界に通用する学生を育てる!という方針で動いているらしくて。

 

本当にびっくりしました。

族や走り屋の巣窟だったあの学校をよくそこまで持っていったなって。

向井先生頑張ってるわ。

 

 

向井先生、こうも言ってたそうです。

 

「あの子はちゃんと大学を卒業したんかな。また辞めてないか?」

 

 

うーん。

これは卒業したら報告に行かなきゃあかんね笑笑

 

 

ちょっとおふざけも入れたブログになってしまいましたが、僕が今、素晴らしい先生方と素敵な学友に囲まれて芸術とデザインを学べているのは全て向井先生のお陰。

 

本当に感謝してもしきれない。

 

 

 

 

 

 

 

先生、結構な年齢になってるとおもうけど、くたばらんと長生きしてほしいわぁ(-.-)y-~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ではまた。